松本零士氏による不朽の名作SF漫画『銀河鉄道999』。テレビアニメ、劇場版映画、そして後のスピンオフ作品に至るまで、長きにわたり多くのファンに愛され続けている金字塔です。この作品を語る上で、ファンならば誰もが一度は抱く大きな疑問があります。それは「主人公・星野鉄郎の顔が、作品によってあまりにも違いすぎる」という点です。
原作漫画やテレビアニメ版では、愛嬌のある丸顔で、いわゆる「ジャガイモ」のような親しみやすい少年として描かれている鉄郎。しかし、1979年に公開された劇場版では、突如として凛々しい顔立ちの美少年へと変貌を遂げています。同じ物語の主人公でありながら、なぜこれほどまでにキャラクターデザインが変更されたのでしょうか。
そこには、単なる作画の都合だけではない、制作陣の熱い想いや、作品が内包するテーマ性の違い、そして原作者である松本零士氏の深い哲学が隠されていました。
本記事では、銀河鉄道999における鉄郎の「顔の違い」に焦点を当て、その変化の詳細や制作背景、そして物語に与えた影響について、徹底的に調査し解説します。
銀河鉄道999の鉄郎はなぜ顔が違うのか、その変化と特徴を比較
『銀河鉄道999』という作品において、星野鉄郎という少年のビジュアルは、物語の受け取り方を左右する極めて重要な要素です。まずは、具体的にどの作品でどのような顔立ちとして描かれているのか、その差異を詳細に確認していきます。
原作漫画・テレビアニメ版における親しみやすい鉄郎のデザイン
原作漫画および1978年から放送されたテレビアニメ版における星野鉄郎は、非常に特徴的なビジュアルをしています。身長は低く、頭身も低め。顔の輪郭は丸く、目は黒丸(あるいはボタンのような形状)で表現され、鼻は低く描かれています。これは、松本零士作品において「男おいどん」などに代表される、いわゆる「三枚目」や「未完成な少年」を象徴するデザインコードです。
このデザインには「どこにでもいる普通の少年」という意図が込められています。特別な才能や恵まれた容姿を持っているわけではない少年が、メーテルという謎の美女に導かれ、広大な宇宙へと旅立つ。その対比こそが物語の主軸であり、視聴者や読者が自分自身を投影しやすいキャラクター造形となっていました。彼のコミカルな表情や動きは、シリアスな展開の中にも温かみとユーモアをもたらし、長い旅路における救いとなっていたのです。
また、このビジュアルは「未熟さ」の象徴でもあります。機械の体を求めて旅をする彼は、精神的にも肉体的にも成長過程にあります。その未完成な内面が、あえてデフォルメされた幼い外見として表現されているとも解釈できるでしょう。
劇場版で一変したシリアスで凛々しい鉄郎の顔立ち
1979年に公開された劇場版『銀河鉄道999』において、鉄郎のデザインは劇的な変化を遂げました。スクリーンに現れた彼は、原作の面影を残しつつも、すらりと背が伸び、鼻筋の通った端正な顔立ちをしていたのです。瞳には強い意志と憂いが宿り、松本零士作品における「キャプテン・ハーロック」や「古代進」といったヒーローキャラクターの系譜に近い美少年として描かれました。
この変更は当時、原作ファンに大きな衝撃を与えました。しかし、劇場版の鉄郎は単に顔が良いだけではありません。その表情からは、過酷な運命に立ち向かう決意や、母を失った悲しみがよりリアリスティックに伝わってきます。ボロボロの帽子とマントというトレードマークはそのままに、顔立ちだけが大人びたことで、彼が背負っている宿命の重さが視覚的に強調される結果となりました。
また、劇場版では鉄郎の年齢設定も変更されています。テレビ版では10歳という設定でしたが、劇場版では15歳へと引き上げられました。この年齢設定の変更も、顔立ちの変化に説得力を持たせる要因の一つとなっています。少年から大人へと移り変わる思春期特有の危うさと美しさが、この劇場版のデザインには凝縮されているのです。
続編や派生作品におけるデザインの揺れ動きと統一性
劇場版第1作での美少年化以降、鉄郎の顔は作品ごとに揺れ動くことになります。1981年の映画『さよなら銀河鉄道999 アンドロメダ終着駅』では、前作の美少年デザインを踏襲しつつ、さらに戦士として逞しく成長した姿が描かれました。ここでは、もはや少年の面影よりも、一人の青年としての精悍さが際立っています。
一方で、1998年に公開された『銀河鉄道999 エターナル・ファンタジー』では、再びデザインに変更が加えられました。ここでは原作の丸顔のイメージと、劇場版の凛々しいイメージを折衷したようなデザインが採用されています。目は大きくなり、等身も少し下がりましたが、完全に原作通りのコミカルな顔に戻ったわけではありません。
このように、鉄郎の顔は作品のトーンやターゲット層、そして描かれる時代によって常に変化し続けてきました。しかし、どのデザインであっても「意志の強さを秘めた瞳」と「決して諦めない不屈の魂」という内面的な特徴は共通しています。外見が変わろうとも、星野鉄郎というキャラクターの核となる部分は揺るがないことが、これら派生作品を通して証明されていると言えるでしょう。
メーテルとの身長差や視線の変化がもたらす物語への影響
鉄郎の顔や体格が変わることで、ヒロインであるメーテルとの関係性の見え方にも変化が生じます。原作やテレビ版の背の低い鉄郎にとって、メーテルは常に「見上げる存在」であり、母性を感じさせる保護者のような側面が強く強調されていました。二人の並ぶ姿は、母と子、あるいは姉と弟のようなシルエットとなり、メーテルが鉄郎を導くという構図が視覚的にも明確でした。
対して、劇場版の鉄郎は身長が伸びたことで、メーテルと視線の高さが近づいています。これにより、二人の関係性は「保護者と被保護者」から、共に運命を歩む「パートナー」としての色合いが濃くなりました。さらに、鉄郎が美少年化したことで、メーテルとの間にほのかな恋愛感情や、男女の機微を感じさせるシーンがよりドラマチックに映るようになります。
特にラストシーンにおける別れの場面では、このビジュアルの差が大きな意味を持ちます。少年から大人へと成長し、自立していく鉄郎の姿が、劇場版のデザインによってより鮮烈な印象を残しました。メーテルが去っていく姿を見送る鉄郎の表情は、単なる別れの悲しみだけでなく、青春の終わりを受け入れる青年の覚悟を感じさせるものとなったのです。
制作背景から探る銀河鉄道999の鉄郎の顔が違う本当の理由
ビジュアルの変化には、当然ながら制作サイドの明確な意図が存在します。なぜこれほど大胆な変更が行われたのか、当時の監督や原作者の証言、そして商業的な背景からその「本当の理由」を深掘りしていきます。
りんたろう監督が求めた映画としてのリアリティとドラマ性
劇場版の監督を務めたりんたろう氏は、映画化にあたり鉄郎のデザイン変更を強く要望したと言われています。その最大の理由は「2時間の映画作品として、シリアスなドラマを成立させるため」でした。
テレビシリーズとは異なり、映画は限られた時間の中で観客を物語の世界に没入させ、カタルシスを感じさせなければなりません。大画面のスクリーンで、母の死や機械化帝国の非情さ、そして少年の成長といった重厚なテーマを描く際、原作通りのコミカルなデザインでは、シリアスなシーンでの感情移入が難しくなる懸念がありました。
りんたろう監督は、鉄郎を目千の強い少年として描くことで、彼の内面にある激しい感情や葛藤を、表情の微細な変化で表現しようとしました。コミカルな動きを封印し、あえて「格好いい」主人公に据えることで、映画全体を貫く青春の哀愁やロマンチシズムを際立たせたのです。この判断は結果として大成功を収め、劇場版『銀河鉄道999』はアニメ映画史に残る傑作として評価されることになりました。
原作者・松本零士氏が語る「心の中の鉄郎」という解釈
原作者である松本零士氏も、この大胆な改変を容認、あるいは支持しています。松本氏は後に、劇場版の鉄郎について「あれは鉄郎が自分の心の中で思っている自分の姿なのだ」といった趣旨の発言をしています。
つまり、客観的に見た姿は原作のような親しみやすい少年であっても、鉄郎自身の自意識や、彼が目指している理想の姿は、劇場版のような凛々しい戦士であるという解釈です。あるいは、劇場版は「少年の日の記憶」として美化された記録であるとも受け取れます。過去を振り返ったとき、苦難を乗り越えた自分自身が誇らしく、輝いて見えるように、映画という媒体を通して鉄郎の魂の輝きを具現化したのが、あのデザインだったのです。
また、松本零士氏の作品群では「時間は夢、夢は時間」といった哲学的なテーマが頻繁に語られます。並行世界や異なる時間の流れの中では、異なる姿の鉄郎が存在しても不思議ではないという、松本ワールド特有の柔軟な世界観も、この変更を受け入れる土壌となっていたと言えます。
ターゲット層の拡大と当時のアニメブームにおける戦略
1970年代後半、日本は空前のアニメブームの只中にありました。『宇宙戦艦ヤマト』のヒットにより、アニメーションは子供だけのものから、中高生や大学生、さらには大人も楽しむエンターテインメントへと進化しつつありました。劇場版『銀河鉄道999』は、まさにそうした「ヤングアダルト層」を主要なターゲットとしていました。
当時の高年齢層のアニメファンにとって、主人公のビジュアルは作品にのめり込むための重要なファクターでした。よりスタイリッシュで、感情移入しやすい「格好いい主人公」を配置することは、商業的な戦略としても非常に理にかなっていたのです。
実際に、美少年化された鉄郎は女性ファンからの絶大な支持を集めました。彼の成長物語に涙し、彼を応援するファン層が拡大したことで、興行収入的にも大きな成功を収める要因となりました。顔のデザイン変更は、単なる演出上の都合だけでなく、マーケットの要請に応えた結果でもあったのです。

銀河鉄道999の鉄郎の顔が違うことについてのまとめ
銀河鉄道999の鉄郎の顔の違いと理由のまとめ
今回は銀河鉄道999の鉄郎の顔が違う件についてお伝えしました。以下に、今回の内容を要約します。
・原作とテレビアニメ版の鉄郎は親しみやすい丸顔で描かれている
・原作の顔は未完成な少年や三枚目というキャラクター性を象徴している
・1979年の劇場版では鼻筋の通った美少年へとデザインが一変した
・劇場版の鉄郎は年齢設定も10歳から15歳へと引き上げられている
・顔の変更によりメーテルとの関係が保護者からパートナーへと変化して見える
・りんたろう監督は映画のシリアスな展開に耐えうる顔立ちを求めた
・大画面での感情表現やドラマ性を高めるためにイケメン化が必要だった
・原作者の松本零士は劇場版の顔を「鉄郎の心の中の姿」と解釈している
・続編映画ではさらに逞しく成長した青年として描かれている
・後のエターナルファンタジーでは原作と劇場版の中間的なデザインになった
・ターゲット層をハイティーン以上に拡大するための商業的戦略もあった
・どのデザインであっても鉄郎の持つ意志の強さや不屈の魂は共通している
・ビジュアルの差異は作品ごとのテーマや演出意図を反映した結果である
・ファンは好みの鉄郎を通してそれぞれの銀河鉄道999を楽しんでいる
銀河鉄道999という作品において、鉄郎の顔の変化は単なる絵柄の違い以上の深い意味を持っています。 それぞれのデザインが持つ魅力を理解することで、作品の世界観をより多角的に楽しむことができるでしょう。 ぜひ、異なる顔を持つ鉄郎たちの旅路を、それぞれの作品で見届けてみてください。


