1960年代後半、日本の子どもたちを魅了した海外アニメ『宇宙忍者ゴームズ』。しかし、「ゴームズ」と聞いてあなたが思い浮かべる姿は、宇宙の平和を守る孤高のヒーローでしょうか、それとも4人組のスーパーヒーローチームのリーダーでしょうか。
実は、『宇宙忍者ゴームズ』というタイトルは、放送局や時期の違いにより、全く異なる2つの作品(ハンナ・バーベラ・プロダクション制作の『Space Ghost』と、マーベル・コミック原作の『Fantastic Four』)で使用されていました。この事実は、作品の記憶を語る上でしばしば混乱を招く要因となっています。
どちらの作品も、当時の日本を代表するような豪華な声優陣による日本語吹き替え版が制作され、作品の魅力の一端を担っていました。
この記事では、その両方の『宇宙忍者ゴームズ』について、主要キャラクターを担当した日本版声優陣、そして原語版のキャストに至るまで、その詳細を幅広く調査し、徹底的に解説していきます。あなたの記憶の中の「ゴームズ」の声は、果たしてどちらの作品のものでしょうか。
ヒーロー版『宇宙忍者ゴームズ』(宇宙怪人ゴースト)の声優陣
まずご紹介するのは、1966年にアメリカのハンナ・バーベラ・プロダクションによって制作された『Space Ghost』(邦題:宇宙怪人ゴースト)です。この作品は、日本では1967年にNETテレビ(現・テレビ朝日)系列で『宇宙忍者ゴームズ』として放送されました。(一部地域や資料では『宇宙怪人ゴースト』のタイトルも併用されています)
宇宙の平和を守るため、透明化能力や強力な光線を放つパワーバンドを武器に戦うヒーロー「ゴースト」と、彼を補佐する少年少女「アラン」「ケイト」、宇宙猿の「ビッキー」の活躍を描いたスペースオペラ作品です。
NETテレビ版(1960年代)の豪華な日本語吹き替え声優
1967年に放送されたNETテレビ版は、当時すでに第一線で活躍していた、あるいは後に日本のアニメ・吹き替え界を牽引することになる声優陣がキャスティングされていました。
主人公ゴーストの威厳ある声はもちろん、彼を慕う少年少女の活発な演技が、原語版とはまた異なる日本独自の魅力を生み出しました。
主人公ゴースト(スペースゴースト)役:羽佐間道夫
ヒーローであるゴースト(スペースゴースト)の日本語吹き替えを担当したのは、日本を代表する声優・ナレーターの一人である羽佐間道夫(はざまみちお)氏です。
羽佐間道夫氏は、そのダンディで深みのある声質で知られ、特に洋画の吹き替えにおいて数多くのスター俳優の声を担当しています。最も有名なのは、映画『ロッキー』シリーズや『ランボー』シリーズにおけるシルヴェスター・スタローンの専属吹き替えであり、スタローンの無骨ながらも熱い魂を持つキャラクター像を日本に定着させました。
ほかにも、アル・パチーノやロバート・デ・ニーロといった名優の吹き替えも数多く担当しています。
『宇宙忍者ゴームズ』出演当時は、キャリアの初期から中期にあたり、すでに洋画吹き替えの分野で頭角を現していました。彼が演じるゴーストは、単なる勧善懲悪のヒーローではなく、その声に込められた威厳と知性が、宇宙の平和を守る守護者としての説得力を与えていました。
アニメ作品では、『銀河英雄伝説』のワルター・フォン・シェーンコップ役や、『名探偵ホームズ』のモリアーティ教授役など、渋い大人の男性や、一筋縄ではいかない知的な悪役なども得意としています。また、『開運!なんでも鑑定団』をはじめとする数多くのテレビ番組でナレーターとしても活躍しており、その声を耳にしたことがない人はいないと言っても過言ではないでしょう。
仲間たち(アラン、ケイト)の声優:小宮山清と上田みゆき
ゴーストを補佐するパートナーたちにも、実力派の声優が起用されました。
アラン(原語版ではJace)の声を担当したのは、小宮山清(こみやまきよし)氏です。小宮山氏は、1960年代から70年代にかけて、多くのアニメ作品で少年役や青年役を演じました。代表作には『エイトマン』の谷博士や、『サスケ』の主人公サスケの父親役などがあります。アランの活発で時に危なっかしい少年らしさを巧みに表現しました。
ケイト(原語版ではJan)の声を担当したのは、上田みゆき(うえだみゆき)氏です。上田氏は、その透明感のある美しい声質で、多くのアニメヒロインを演じてきました。彼女のキャリアにおいて特に有名なのは、『宇宙戦艦ヤマト』シリーズの森雪役(初代)です。また、『超電磁ロボ コン・バトラーV』の南原ちずる役、『無敵超人ザンボット3』の神江花子役など、長浜ロマンロボットアニメのヒロインとしても欠かせない存在でした。『宇宙忍者ゴームズ』では、ゴーストを慕う聡明な少女ケイトを演じ、羽佐間氏演じるゴーストとの掛け合いを彩りました。
原語版『Space Ghost』の声優とカートゥーンネットワーク版
原語版である『Space Ghost』で主人公スペースゴーストの声を担当したのは、ゲイリー・オーウェンズ(Gary Owens)氏です。彼はアメリカの著名なラジオDJ、アナウンサーであり、その深く響き渡るバリトンボイスで絶大な人気を誇りました。
彼の声は、スペースゴーストというキャラクターに「威厳あるアナウンサーがヒーローを演じている」かのような独特のパロディ要素(当時としては画期的でした)と、真面目なヒーロー像を両立させることに成功しました。彼は後年、『スペースゴースト・コースト・トゥ・コースト』を除く多くのスピンオフ作品でもスペースゴーストの声を担当し続けました。
なお、『宇宙忍者ゴームズ』(宇宙怪人ゴースト)は、1990年代以降にカートゥーンネットワークで再放送されています。この再放送版では、オリジナルのNETテレビ版とは異なる声優陣が起用されたり、ナレーションが変更されたりしています。特に知られているのは、番組のナレーションを愛川欽也氏が担当したバージョンで、独特のユーモラスな語り口が新たなファン層を獲得しました。
チーム版『宇宙忍者ゴームズ』(ファンタスティック・フォー)の声優陣
次にご紹介するのが、もう一つの『宇宙忍者ゴームズ』です。これは、マーベル・コミックの金字塔『Fantastic Four』(ファンタスティック・フォー)を原作とする、1967年制作のアニメシリーズです。
日本では、こちらもNETテレビ系列で放送されましたが、ハンナ・バーベラ版(スペースゴースト)と区別するためか、あるいは当時の「忍者」ブームにあやかってか、『宇宙忍者ゴームズ』というタイトルが付けられました。
宇宙線を浴びたことで超能力を得た4人組のヒーローチーム「ファンタスティック・フォー」の活躍を描いた作品です。こちらの『宇宙忍者ゴームズ』の声優陣は、NETテレビ版の『スペースゴースト』とは全く異なり、当時の吹き替え界のスターたちが集結した、非常に豪華な布陣となっています。
ゴームズ(ミスター・ファンタスティック)役:小林修
こちらの作品で「ゴームズ」と呼ばれたのは、チームのリーダーであり、体をゴムのように伸縮させることができる科学者、リード・リチャーズ(ミスター・ファンタスティック)です。
このゴームズ役の日本語吹き替えを担当したのは、小林修(こばやしおさむ)氏です。小林氏は、その知的で落ち着いた、しかし時には厳格さも感じさせる声で、洋画吹き替えの草創期から活躍したレジェンドの一人です。
特に有名なのは、ユル・ブリンナーやチャールズ・ブロンソン(初期)の吹き替えです。アニメ分野では、『宇宙戦艦ヤマト』シリーズにおけるズォーダー大帝という、カリスマ的な悪役が非常に有名です。また、『黄金バット』の主人公・黄金バット役や、『妖怪人間ベム』のベム役(パイロット版)、『ふしぎな島のフローネ』のお父さん(エルンスト)役など、ヒーローから父親役まで幅広く演じ分けました。
彼が演じたゴームズ(リード・リチャーズ)は、チームの頭脳であり父親的存在であるリーダーとしての風格を見事に表現しており、羽佐間道夫氏のゴースト(スペースゴースト)とは異なる、知性派リーダーの魅力を確立しました。
スージー(インビジブル・ガール)役:増山江威子
チームの紅一点であり、ゴームズ(リード)の恋人(後に妻)。体を透明化したり、フォースフィールドを張ることができるスージー(スー・ストーム/インビジブル・ガール)を演じたのは、増山江威子(ますやまえいこ)氏です。
増山氏は、日本のアニメ史において最も有名なヒロインの一人である『ルパン三世』の峰不二子(2代目)の声優として、あまりにも有名です。そのセクシーで小悪魔的な魅力を持つ声は、多くの視聴者を虜にしました。
『宇宙忍者ゴームズ』出演当時は、すでにキャリアを確立しており、『パーマン』(1967年版)のパー子(星野スミレ)役も担当していました。その後も『天才バカボン』のママ役、『キューティーハニー』の主人公・如月ハニー役など、キュートなキャラクターからセクシーなヒロイン、優しい母親まで、非常に広い役柄を演じ分けました。
彼女が演じたスージーは、チームの紅一点としての可憐さと、危機に陥った仲間を救う芯の強さを併せ持っており、増山氏の多彩な演技力が光る役どころでした。
ファイヤーボーイとガンロックの声優:前川功人・関敬六
チームの若きムードメーカーで、全身を発火させ空を飛ぶファイヤーボーイ(ジョニー・ストーム/ヒューマン・トーチ)役は、前川功人(まえかわいさと)氏が担当しました。
そして、岩のような強靭な肉体と怪力を持つ、チームのパワー担当ガンロック(ベン・グリム/ザ・シング)役は、コメディアン・俳優として高名な関敬六(せきけいろく)氏が担当しました。
関敬六氏は、渥美清主演の映画『男はつらいよ』シリーズのポンシュウ役などで知られる喜劇役者です。声優を本業としているわけではありませんが、ガンロックの「気は優しくて力持ち、しかし短気で口が悪い」という江戸っ子のようなキャラクター性に、関氏独特のダミ声と軽妙な演技が完璧にマッチしました。
このキャスティングは、当時の吹き替え制作におけるユニークな試みの一つであり、作品にコメディリリーフとしての厚みを加えています。
豪華な俳優・コメディアンが演じた敵キャラクター
この『ファンタスティック・フォー』版『宇宙忍者ゴームズ』が特異なのは、メインキャストの関敬六氏だけでなく、敵役(ヴィラン)の多くを、当時のお茶の間で人気を博していた俳優やコメディアンが担当している点です。
最大の宿敵である悪魔博士(ドクター・ドゥーム)を演じたのは、タレント、俳優の南利明(みなみとしあき)氏です。「ハヤシもあるでよ」のギャグで一世を風靡した彼が、シリアスな悪役であるドクター・ドゥームを演じたというギャップは、今となっては非常に興味深いキャスティングです。
その他にも、モグラ怪人(モールマン)役に谷幹一氏、レッドワル(クロウ)役に大泉滉氏、ボロボロ(ディアブロ)役にトニー谷氏、ハゲチャビーン博士(レッド・ゴースト)役に相模太郎氏など、当時の演芸界やコメディ界のスターが名を連ねています。
これは、シリアスなアメコミヒーロー作品を、日本の視聴者(特に子供たち)にとって親しみやすいものにするための工夫であったと考えられます。豪華な声優陣と個性的なタレント陣の共演が、この作品の日本語版を唯一無二のものにしています。
『宇宙忍者ゴームズ』の声優陣に関する総まとめ
『宇宙忍者ゴームズ』の声優についてのまとめ
今回は2つの『宇宙忍者ゴームズ』の声優についてお伝えしました。以下に、今回の内容を要約します。
・『宇宙忍者ゴームズ』という邦題には、2つの異なる作品が存在
・一つはハンナ・バーベラ制作の『Space Ghost』(宇宙怪人ゴースト)
・もう一つはマーベル原作の『Fantastic Four』(ファンタスティック・フォー)
・『Space Ghost』版の主人公ゴーストの声優は羽佐間道夫
・羽佐間道夫はシルヴェスター・スタローンの吹き替えで高名
・『Space Ghost』版のアラン役は小宮山清
・『Space Ghost』版のケイト役は上田みゆき(初代森雪役)
・『Space Ghost』の原語版声優はゲイリー・オーウェンズ
・カートゥーンネットワーク再放送版のナレーターは愛川欽也
・『Fantastic Four』版のリーダー・ゴームズの声優は小林修
・小林修は『宇宙戦艦ヤマト』のズォーダー大帝役で有名
・『Fantastic Four』版のスージー役は増山江威子(2代目峰不二子役)
・『Fantastic Four』版のガンロック役はコメディアンの関敬六
・『Fantastic Four』版の敵役には南利明やトニー谷などタレントが多数起用された
このように、同じ『宇宙忍者ゴームズ』というタイトルでありながら、その中身と声優陣は全く異なっていました。どちらの作品も、1960年代の日本の放送業界がいかに海外アニメの吹き替えに力を注ぎ、豪華なキャストを揃えていたかがわかる貴重な事例です。
あなたの記憶に残る「ゴームズ」の声は、羽佐間道夫氏の渋いヒーローボイスでしたか?それとも小林修氏の知的なリーダーボイスでしたか?この記事が、あなたの懐かしい記憶を整理する一助となれば幸いです。

